
大正から昭和の激動期、労働運動、女性の地位向上、平和運動に身を捧げた元参議院議員・赤松常子さんの50回忌法要が出生地の徳応寺で開かれました。

赤松常子さん(1897-1965)は、周南市川端町の徳応寺の生まれです。女子専門学校在学中に労働運動に携わり、その後野田醤油や東京モスリンなどの大争議で指導的役割を果たします。女性参政権運動も尽力し、戦後すぐ全繊同盟(UAゼンセン)の結成に努力され、1947年の第1回参議院議員選挙に全国区から出馬して初当選。以来、3期18年参議院議員を務められました。詳しくは、UAゼンセンHPの赤松賞に詳しく書かれています。

50回忌法要には、労働者のため、女性のために闘ってきた常子さんの功績、人柄を偲び、たくさんの方々が参列されていました。

徳応寺の門徒でもある戸倉は、今よりさらに困難だった時代に弱い立場の方々のために尽力してこられた先達に畏敬の念を抱き、手を合わせていました。

赤松常子顕彰会理事長で、UAゼンセン会長の逢見直人氏。

民主党山口代表の平岡秀夫氏。

遺族代表であいさつされた徳応寺住職の赤松泰城さん。いつもながら、おもしろいお話を披露されていました。